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お世話になりました [思ったこと]

おっと、こんなタイトルを付けると、何かを閉めてしまうのか
思われてしまいますかね??

そんなことはありません。今年1年お世話になりました。
という感謝の気持ちをお伝えしたわけです。

感謝、良く書き表す言葉ですが、感謝を表すには
何か形で表しなさい、と言いますね。

なので、お中元とかお歳暮とかになるのでしょうね。

ずっと前、日本がまだ成長していた時期には
年末にはお歳暮が当たり前に届いていした。

勤めていた会社にも、取引先の会社からお歳暮が
山のように届いていたので、仕事おさめの日には
お歳暮の品物をバラバラにして、全員分のプレゼントにして
抽選で、それぞれが当たったプレゼントを持って帰る
などという、今では考えられない牧歌的な風景が
繰り広げれれていました。

当たったプレゼントが自分の意に沿わない人
例えば飲めないひとがビールがあたったりすると
飲む人のプレゼントを交換していたり、
商品券などという高額なものを当てた人は
みんなからうらやましがられて、そんな時には
日頃の人間関係が出てきて、いじられる人や
みんなから、あまり関心を持たれない人とか
それはそれで、1年間の縮図のような光景が繰り広げられていました。

カレンダーなどは、本当に山のように送られてきたり
年末の御挨拶で、みなさんが持ってきていただけるので
社員が持って帰っても、それでもあまってしまって
最後は、強制的に若い人が何冊も、カレンダーを押し付けられるという
ユーモラスな、もったいないなあ、という風景もありました。


時代が変わって、もうそういう光景が日本では見られないのかなあ。

これからの日本の会社ってどうなるのでしょううね。

もっともっと働きやすい職場にできればいいですね。

正月休み、そのために私が何ができるのか
毎年の課題ですが、じっくり考えたいと思います。

それでは、皆さま、よいお年を。


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お疲れ様会 [思ったこと]

昨夜、事務所好例のお疲れ様会を行いました。

例年、仕事を終えて、年賀状の準備をしている最中ですね
仕事の最終日か、その次の日に、事務所のコーチともども
今年の反省と来年の抱負を述べながら食事会を開く
というものです。

一昨年は映画を観に行き、その後韓国料理を食べた記憶があります。
その際に、生まれて初めてマッコリというお酒の存在を知り
とても美味しかったので、スーパーで買って、家でも飲んでいました。

昨年は、まだ年賀状を終わっていなかったので、食事に行く時間がなく
事務所で話をして終わった記憶があります。

何か食べたのかな? 恐らく冷蔵庫の中にあったアイスかケーキでも
食べたのかなと記憶しています。

思えば、今年その事務所を引き払って新しい事務所に移ったので
あれが、もとの事務所での最後のお疲れ様会だったのですね。


そして、昨日は、開催時期を少し後ろに伸ばして
仕事が終わって、事務所も片付けて、年賀状も終わった直後に
お疲れ様会を行うことができました。

さて、じゃあどこでやろうと思ったのですが、
今度の事務所は、ビジネス街のような場所なので
どこの仕事はやっておらず、食事をする場所も
あちこちが閉まってしまっています。

第一候補の店、、、しまっている。
第二候補、、、、やっぱりダメ
第三候補、、、、予約で一杯

最後に、前から行ってみたいお店にいって、だめもとで
入ったのですが、空いていたのでラッキーっ!!

美味しいお酒と、結構量が多い料理をたべながら
この1年に合ったことを、いろいろコーチと語り合いました。

結論は、お互いに激動の1年だったけど、いいことばかりだったね
ということでした。

実際は大変だったことも、苦しいこともあったけれど
終わってみて、良かったと思えたことが何よりでした。

来年の戦略を練って、来年のいいことも見えてきそうだったし
良いことが起こりそう、ではなくって、起こす、と
肝に命じました。

お疲れ様会の最後は、地の神様にお祈りに行きました。

これで、本当に今年の終わりです。

お疲れ様でした。
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地の神様 [神社]

久しぶりにでました、神社ネタ。

しばらく遠ざかっていたけれど、昨日行ってきました。
事務所の地域の神様で「伊河麻(いかま)神社」というところです。

写真が無くてすみません。

静岡駅南口から500mくらいのところにあり
片側2車線の道路が交差している角にあるため
車の行き来が激しく、そこを通ったことのある人なら
だれしもが見たことがある、でも、行ったことがない
そういうたぐいの神社です。

今年の夏に事務所を駅の北口から南口に移動して
まだ地の神様にあいさつにいってなかったので
ある方の後押しもあり、遅くなりましたとあいさつしたのです。

伊河麻神社の創建は、天武天皇なので600年代の終わりであるかた
ずいぶん古いのである。

ちにみに神社の看板には「浄御原天皇」と記載してあった。
天武天皇の別名だったので、読んでいる時には気付かなかった。

まだまだ知らないことは、一杯あるなあ。

天武天皇のことを書き出すと山ほどあるので、さし控えておくが
一言でいうと今の日本の形を作り上げた天皇ですよ。

ご興味ある方は調べてみてはいかがでしょうか。


話を戻して、伊河麻神社で仕事のお祈りをしました。

来年に向けての仕事の決意をお伝えして
よろしくご支援をお願いしたいとお祈りしました。

そして、来年に向かって、今日から動き出します。

その前に。。。年賀状を作って発送しないと。。。

まあ、毎年の光景ですね^_^;




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組織の中の自分の位置 [人材育成のヒント]

もう年末ですね、皆さんお忙しいでしょうか。

私のブログを読んで戴いている人の中には
企業に勤めている方がおおいのでは、と推測しています。

それは、直接お会いした時に、ブログを読んでいることを
言っていただけることが何回もあった。

もうひとつ。

ブログを訪問していただいた記録がデータとして
見ることができるのだが、
平日に比べて、土曜日曜にブログを訪問して戴ける件数が
減る傾向にある。

やはり、会社が休みだと、そうなるのかなあと思ったり
いやいや待てよ、自分がブログする時間帯の問題なのかな
とも思う。

年末年始に入っているので、そういう方々が
帰省先や、年賀状を書きながらも、自分のパソコンで
ブログを読んでもらっている姿を想像すると
大変ありがたいし、頑張って書かないとなあと思う。


さて、今日は組織の中の人間が、仕事のモチベーションが
高まる要因について、書き留めておこう。


その1 自分の役割

自分の組織での立ち位置というか、
組織にどのように貢献しているのか。

自分が組織にいる存在価値が分かること
そういうものが大事なのかなと思います。

自分の体験で、何がしらの役割が明確になっていると
がんばれちゃったのですが、ある時、ふと
それを感じ取れなくなったときに、もうここにいる必要は
無いのかなと思ったことが何回かあります。

役割はあたえられるものなのか、自ら掴むものなのか。

それはその人の特性によるものなので、どっちのパターンも
ありますが、それは人にあった渡し方をして上げればいいのでしょうね。


その2 成長を感じ取れること

私が会社を何社か退職しましたが、その際の最終的な理由が
これです。自分がここにいて、もうこれ以上成長が感じされなく
なったことです。

自分が仕事を通してこうなりたいと思っている姿に達した時に
次の目標となる姿や、先輩がいることで、人は成長するのかなと思います。

逆に、次の目標は、こうなりたいと思える先輩などがいなくなると
どうなりたいのかが、明確にならず、途方にくれてしまいます。

組織のトップを目指そうという意識の高い人であれば
成長が止まらずにいけるのかなと思います。

そう思える人、このあたりでいいやと思う人。
人それぞれなので、その人にあった目標を持たせてあげると
いいのでしょう。

目標と言っても、業務目標だけではなく
なりたい姿、という目標が私にとっては大事ですね。

少し困難な仕事であったり、役目であったり、ですね。



自分の役割を感じ取ることができたり
自分が成長していることが分かったり、分からせてくれる人がいること

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人は皆違う [人材育成のヒント]

人は皆違っている、だから自分の常識が他人はに非常識となる
それは仕方が無いことであり、そこに気付くと
人に左右されない自分ができるので、自分が楽になる。

という考え方は、大変ありがたいもので
これに気付いた人は私を含めて、かなり楽になったのではないかと思う。

逆に、他人自分の価値感(正しいと誤解しているもの)を
押し付けようとすると、2人の人間関係がおかしくなり、大変なことになってしまう。


さて、人は皆違っているという考え方を身につけてもらいたい
人たちがいる。

それは子供たちだ。

先日、テレビで、ある親子の格闘ぶりを見た。
小学校3年生くらいの男のことが、性同一障害で
女の子の服装をしたがる。

男の子の服装は嫌がる。

お母さんは困って、最終的にどの服を着るのかは
子供に任せた。
そしたら、男の子は男の服を選んだ。

お母さんが不思議に思って、女の子の服を着てもいいんだよというと
男のことがいきなり泣き出した。

その理由は、男の子が女の子の服装を学校に着ていくと
みんなからいじめられる、といって泣きやまないのだ。

お母さんは、ほとほと困ってしまった、という場面だった。


子供たちが、人は皆違う。
男の子でも女の子の服を着たがる人もいるのだ。自分とは違っていても。

ましてやみんなと違うこともたくさんある。
いいや、みんなが同じことの方がおかしいのだ。

だから、みんなと違うことをしたからといって、いじめるのはおかしい。
みんなでみんなのことをいじめあわなければならなくなる。

ということなのだ。

大人のいじめも悲惨なものだが、子供は直接言うこともあるし
団体生活の時間が長いから、大変だと思う。

子供のことから、自分と違うことをする人のことを理解し
お互いに認め合う心を持って、そのあと大人になると
いい世界が生まれるのになあ、と、心から思う。


子供たちがこのことに気付くと、みんなが楽しくなる


いじめがなくなる

親も楽になる

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私が間違っていたかも知れない [人材育成のヒント]

最近この話題を良く持ち出しているが、素直になって
人の話に耳を傾けられることが、結果自分にとって良いということは
過去の素晴らしい人たちが伝えてくれていることだし
自分も、そうありたいと思っている。

素直になれないのはどういう時かというと
私が正しいと思う思っている時には、なかなか譲ることができない。

私が正しい、すなわち相手が間違っている、という判断になりがちだ。

私は正しい、でも相手の言うことも理解しよう、であればいいのだが。


さて、先日このことを考えていて、ふと思い出したことがある。

私は会社員を20年近く務めた経験があり、3つの会社でお世話になった。

その間いろいろあり、今となってはいい思い出のほうが
圧倒的に多い。

その時の出来事である。
私の価値観の中で、ゆるぎないものとして「秩序」というものがある。
人には理解されにくいものだが、「秩序」を保とうとする本能が強いのだ。

なので、「秩序」を乱そうとする人に対して、攻撃的になってしまう。
今では大分ゆるくなってきたが。

会社の中には、いろいろな決まりがあり、また明文化されていないが
みんなこうしている、とか、普通はこうする、という暗黙のルールがあり
そのルールをほとんどの人が守ろうとしている。

しかし、中にはその暗黙のルールを自分流に解釈して
人間の集団の秩序を乱す人がいる。

そういう人は我慢がならず、若いころはよく先輩に向かっても
文句を言っていた。

そう、私が正しいと思っていたからだ。

年を経て中堅クラスになったときは、その秩序が
社内のルールというよりも、組織の統制というものに
私の中で変わってきた。

会社として、そういうことをやっていいのか。
仕事のあるべき姿として、それでいいのか。
組織の秩序を保つために、秩序を乱す人間をそのままにしていいのか。

私は、正しいことを言っていると信じていた。
だから、誰に対しても、どんなときにも、そのことについて
発言したり、回答を求めた。


でも、今になって思い返すと、それが正しかったのか。

私が、ひょっとしたら間違っていたかも知れない。

私が話す内容は、確かに正しかったかも知れない。
でも、私は組織に所属していた人間だった。

組織の運営として、あやふやなことにしておくことも大事かもしれない。

組織の中間にいる人間として、他の部署との兼ね合いから考えて
敢えて、間違っていることを言わなければならないことも
あったかも知れない。


私が、会社勤めをしている時に、自分の考えが
ひょっとしたら間違っているかも知れない、と思い返すことができたら
私の進む道は異なっていただろう。

過去のことなので、今更どうのこうの言うことはないが
これからの人生、自分のその考えの指向を理解して
少し立ち止まって考えることが必要かも知れない。

そんなことを、ふと思いました。
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誰でもできる [人材育成のヒント]

クリスマス・イヴですね。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私は普通に事務所で仕事をしています。

恐らく同じ状態の方も多数いらっしゃるでしょう。
ちょいと手を休めて、ブログ読んでいただけるといいかなと思います。

さて、私たちは人がやることに、いいなあと思ったり
うらやましいなあ、と思うことがありますでしょう。

特にそのことが、人へ貢献したり、人の役に立ったり
人を救うようなことであれば、本来自分がやりたいんだけど
なかなかできないこと。

そしてそれを人が行った話を聞くと、自分がやりたいけど
出来なかった。でもそれをやる人がいることに対して
後悔というか、やらなかった自分を少し、反省したり
時には、自己嫌悪におちいってしまったり。

でも、大丈夫です。

これは人から言われたことなのですから
そういった人に喜ばれることって、「誰でもできる」のです。

出来ないのは、いままでしなかっただけで、
あなたにできない分けではないのです。

「誰でもできる」と思えば、今日でも出来るのです。

私がやらなければ、と思うとプレッシャーが掛かって
引っ込みじあんの自分がでてきますが、
誰でもできるんだから、自分でもできると思えば気が楽になり
簡単に一歩が踏み出せるのではないでしょうか。

いかがでしょうか。

躊躇することがあったら、「誰でもできる」と念じて
自分の気持ちを楽にして、簡単にやってみましょうね。



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人の話を聞くということ 2 [人材育成のヒント]

昨日は、人の話を素直に聞く、という漢字について
書きましたが、今日は、人の話を聞かなくなると
将来どうなるのかを、書き留めたいと思います。

人の話を素直に聞くことができない。
人の話を否定的に受け止めてしまう。
人の忠告を聞き流してしまう。

こういうことを継続しているとどうなるか、それは。。。

耳が遠くなってしまう、らしい。

なぜかというと、人の話を聞くためにも、人には耳がある。
もちろん他の理由もあるが。

ところが、人の話しを聞かない人には
耳が不要だといういことで、耳が遠くなってしまうのだそうだ。

ここは伝聞方式で書きたいと思う。
なぜなら、私も理解しているわけではないので。

そういえば、私は若いころから、人の声を聞きとる能力が
人より相当衰えていた。

雑踏の中で話しかけられても、何を言っているのか聞こえず
何度も聞き返して、嫌な顔をされたことも数多い。

相手が小声で話しかけられると、聞きとることができず
きき返すと嫌な顔をされるので、ごまかし笑いをすることも
よくある。いまだにある。

自分の欠陥を知っているので、人の話は注意深く聞くことにしている。

じっと集中して、聞こえない時には、耳に手を当てて必死に聞く。

そういう姿勢が、結果的に話す相手に、あの人は熱心に
私の話を聞いてくれるという好感を持ってもらえることに
役に立っていたと思う。


さて、話を戻しましょう。

なぜ、人の話しを聞かないと耳が遠くなってしまうかというと
科学的にはどうなのか知らないが、人の話を聞かないと
耳を動かす筋肉などが衰えて、結果的に聞こえなくなってしまう
のではないか、ということを人から聞いた。

宇宙飛行士が重力のない宇宙から、地球に戻ってきたときに
重力で体が重く、立てなくなってしまうと同じように
筋肉などを使わないと、自然に衰えてしまうのでは。

こう考えると納得しやすいのではないでしょうか。

もちろん、異論は反論は一杯あるでしょう。

私がお伝えしたいのは、折角人の、良い話を聞くために
ある耳なのだから、素直に聞きましょうね、
ということです。




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人の話を聞くとは [人材育成のヒント]

今日も、人から聞いた話ネタです。
元ネタがどこから出た話なのかは定かではなく
もし、あっ! 俺が話した内容だと不快に思った方がいたら
申し訳ありません。

ただ、あまりにも素晴らしい内容なので、多くの人に
知ってもらいたいとの思いからです。


さて、人の話をきく、という時場面によって「きく」という音を
正しい感じにあてはめましょう、ということがありますね。

例えば傾聴の世界では「聴く」と書き表します。

これは、相手の話にちゃんとあいづちやうなずきをしながら
自分の意見など口をはさまずに、じっくりきくことを表しています。

人の話を長い時には30分ほど、じっくり聴く必要のある時もあります。
大変疲れますが、相手の本音を聞き出したり、相手の快くなってもらうため
私たちには必要で、身につけなければいけないスキルです。

なので、このスキルを使う時には、さあ聴くぞ、というように
心のスイッチを入れなければなりません。

そのくらい体力と気力が必要なものです。

一般的に、きくとは「聞く」という漢字をあてますが
聴くと聞くは意味が違って、聞くとは、ただ漫然と人の話を聞く
ことも意味しますよ、と私は教わりました。

さて、ここからが本題。

聞くとは、実は漢字に大切な意味が込められています。

聞くの外は門(もん)ですね。

そして、門の中に耳があるので、この漢字の意味は、

心の門を開けて人の話を聞く、のだそうです。

そうです。人の意見に耳を傾けることです。

自分とは考えや価値観の異なる人の話も聞く。 自分にとって耳の痛い話に対しても聞く。 自分の子供のような年齢の人の話も聞く。 自分の固定概念を捨てて、教えを乞うように聞く。


そのような大切な意味が込められているようです。

この文章を読んで、え~っ でも。。。と思われた人は
心の門を素直に開いて、人の話を聞いてみてくださいね。




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クレーム対応のアイデア [人材育成のヒント]

昨日、ある経営者から貴重なお話を伺った。
ご自身の経験に基づいたお話なので、非常に説得力があり
私たちも経験した、困ったなあ、という時に乗り越え方を
教えていただいた。

折角のお話なので、書き残しておきたいと思う。

と、ここから、いつもこのように人からの聞いた話を
「~~だそうだ」と伝聞形式でつづってきたが、
これだと読む人が読みにくいので、自分の言葉として
置き換えて書いていこうと思う。

決して、私がそういうことを実施した、とか、離したわけではないことを
お断りしておきます。

さて、商売をしているとお客様からのクレームは
必ずあるもので、その時の対等一つで、嫌な思いをみんながするか
みんながハッピーになれるかで変わってくると思う。

クレームを言ってきた方は、その方の心のうちを理解してあげて
それをひっくり返してあげることで、円満解決に導くことができるのだ。

もちろん、いろんなケースがあるので、必ずこの方法が効くわけではないが
こういう方法もあるということで読んでもらいたい。

クレームを発見したお客様は、どういう心理状態になるかというと
期待した商品の中に、マイナスの心を動かすものを発見してしまうと
折角楽しい思いをしようとこの商品を手に入れたのに
逆に、マイナスの気持ちが起こってしまったではないか!
どうしてくれるんだ!

という心理が起こっている。

プラス100の心理が、ナイナス100になってしまう。
平常心から考えると、ぶれはばが200もある、というイメージです。

なので、対応とすれば、そのぶれ幅をもとのプラス100に
戻してあげられるようなお手伝いをすればいいわけです。

お客様は、商品にケチを付けたいのではなく
この楽しい気分を悲しい気分になってしまったので
再び楽し気分にさせてほしいと、クレームを付けているのです。

だから、商品に問題がある場合、良い商品に交換という対応は
それはそれでいいのだが、ナイナスの気持ちが平常心に戻るだけなので
みんながハッピーということにはなりませんね。

特に問題ある商品を作った、又は渡した担当者は責められるでしょう。


対応の一つの方法として、お客様の心理を付いた対応
すなわち、クレームを付けたその気持ちがプラスに持っていく対等
これが求められているのかも知れません。

そのために、ユーモアで返して、お客様の絡んでしまった心を
解きほぐしてあげる対応、これがみんながハッピーになることができる
ことでしょう。

怒っている人に、ユーモアで返して、逆効果にならないかとお思いですね。

もちろんそういうケースが多いにあるでしょう。

なので、人の心理を読む必要があります。

この人は、何を求めているんだろうという頭を働かせて
楽しくなりたいんだな、と判断したのであれば
怒っている気持ちを楽にしてあげる手伝いをする
という方法もあるのではないでしょうか。

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